石川巧教授×川崎賢子教授対談全文

ーーー江戸川乱歩自身の魅力とは

川崎先生)
でも、やっぱり乱歩は大きいですよね。非常に器が大きい。例えば、新青年で出発したんですけど、新青年が横溝っていう人が編集長になってだんだんモダン化していくと合わないと感じたりするらしいんですよ。自分はもっと古いものとかレトロなものとかそういうものとか、あるいはドロドロしたものに惹かれてしまってモダンボーイのバイブル的な雑誌と反りが合わないとかそういうことを思うらしいんです。でも、最後まで喧嘩別れするとかはなく、時々戻っていくんですよね。それから戦後になってからも後進を育てるということが単なる派閥を作るとかではなくて、本当に後進を育てていて、そのために懸賞小説を『宝石』という雑誌で募集したり、かなりその辺がいわゆる純文学の文壇にある排斥的な排他的な作りとは違っていたんじゃないかなと思います。

石川先生)
今の話、私も触発されました。新青年がモダン化されていった時に自分は見せ物小屋の住人みたいなことを言うんですね。見世物小屋というのは、蛇女とかそいういう非常に奇怪な世界が繰り広げられる芸ですけど、それになぞらえたときに乱歩の世界観というのはモダンと一方ですごく共鳴しつつ、反面離れていってる。僕はそこが非常に魅力的だと思う。もう1つ今回お話ししたかったのは、乱歩は生涯を通じてイデオロギーというものに一切関わらなかった人なんだなって思うんです。右も左も興味がないというか。乱歩の時代は特に左翼やプロレタリア文学が隆盛という時代ですが、全然そこに関わらないんですね。そういうある種の純粋さというんですか、自分の興味のあることしか追求しない世界観が後進の指導にとって非常に大きかったんじゃないかなと思います、探偵小説作家にとって。探偵小説作家たちの集いがそういう派閥争いに巻き込まれなくて済んだ。それから、乱歩が晩年に『一人の芭蕉の問題』というエッセイを出すんですが、それは芭蕉の誕生によって俳諧が俳句に変わったっていう、芸術を変動させる大いなる原動力というのは1人の天才で変わるんだって言うんですね。それが松本清張だったわけです。松本清張の登場の道筋を、乱歩が往年に作ったんじゃないかなって思いますね。清張自体は乱歩のことを否定的に批判することはあって、自分とは全く違うタイプだと言うんですけど、清張が登場する道筋を作ったのは乱歩じゃないかなって気がします。

川崎先生)
発表の場を作ったりしてますしね。それから隣接するメディアのことで言うと、やっぱり乱歩と映画と言うのは本当に日本の文学史の中でも文学と映画の交渉関係を考える上でとても重要で乱歩が映画というものにどれほど衝撃を受けたかということや、その衝撃をいかにありありと言語化したか。これも非常に重要なことだと思います。乱歩に作品自体もたくさん映画化されてその映像化に耐えるイメージがいっぱい詰まっているわけですけど、乱歩自身が映画に対して映画を恐怖の媒体だと思っているんですね。恐怖というのは乱歩にとっては意味があってとても魅力的だということなんですね。そのように映画に惹きつけられて映画の世界と交流したというのは谷崎潤一郎と双璧を成すようなとこともあると思うんですね。

書架の前でポーズをとる乱歩。棚には和書だけでなく、横書きの洋書らしきものも見て取れる。

書架の前でポーズをとる乱歩。棚には和書だけでなく、横書きの洋書らしきものも見て取れる。

ーーーその当時の映画ってどういったものだったんですか?

川崎先生)
色はなくて、白黒でサイレントでした。それで、説明する活動弁士がついていたりしたんですね。乱歩は浅草にずいぶん足を運んでいましたから、そういうところで人混みに紛れてて見ていたりもしていたんでしょうね。通俗小説の中には映画女優が受難に遭うっていうパターンがすごくいっぱいありますよね。みんなが見ているときにそのスクリーンの上で流血の惨事が起こるとか、いろんなものがありますよね。

石川先生)
ちなみに当時は男女別々の席だったりして、そういう映画館によっては痴漢というか、男性の間でそういうことも起こったらしいです。映画館ってすごく密室で、日常の中ではなかなかない。

川崎先生)
映画館自体がちょっといかがわしくて魅力的な空間だったんだと思いますね。

石川先生)
今の川崎先生の話にやっぱり僕も共鳴するんですけど、映画だけではなくてやっぱり近年はアダプテーションとして、乱歩作品がいろんな媒体に、まぁ原作と言う形だと思いますけど、援用されていますよね。でも1番有名なのが三島由紀夫の黒蜥蜴だと思います。そういう色々な作家たちや表現者たちを触発する何か効力を持ってると思ってるんですね。それこそさっきあったコナンなんかもそうですけども。別に乱歩の作品をそのままアニメ化するわけではないんですけども、至る所に乱歩的な、その世界観とかアイデアを散りばめるとか。表現者たちを刺激すると思うんですよね。『人間椅子』とか『屋根裏の散歩者』とか、一度話を聞いたら忘れられないものですから。変態性と言うんですか。そういったところは魅了するんだと思いますね。

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