【スケート部フィギュア部門】主務・蓑輪(文4)が語る大学フィギュアラストへの想い

イレギュラーで大変なことが多かった1年

スパイラルをする蓑輪

―ラストイヤーを振り返っていかがですか

正直、こんな1年になるはずではなかったなっていう気持ちがあって。私たちの代って結構4年生になったらこんな1年にしたいなとか、こんな部活にしたいなっていう思いが結構それぞれに強くあった同期がすごく多かったので、ある意味4年生になって色々自分たちでやっていくことを楽しみにしていた学年でもあった。中々今年はイレギュラーなことが多かったり、まぁスムーズにいかないことが多かったので、んー、大変な1年だったんですけど、競技としてもそうだし、あとは運営面の方で結構大変だったかなって思いますね。

―主務としてはどのような気持ちで過ごしていましたか

シンプルに主務って仕事が多くて。慣れるまでが結構大変だったんですね、この1年。(中略)日常的な仕事と行事とか大会に関する仕事と、まぁあとは今年は資金面での変更点とか、自粛期間中にいつもと違う取り組みを取り入れたりっていうのを、特に主将と相談しながらやってはいたんですけど、結構臨機応変な対応が求められる部分が多いなっていうのを感じていて。そうですね、結構4年だと就活とかもあるじゃないですか。だから、部活に関することと、あと主務の仕事と、まぁあとは自分の将来に対するやるべきこととか重なって、結構悩んだりした時もあったんですけど、結構同期が頼もしい人が多いので、同期に協力してもらいながらなんとか1年やってこれたかなって印象です。

―コロナでイレギュラーになって辛かった時期、苦しかった時期はありましたか

さっきもちょっと言ったんですけど、個人的に一番キツかったのが6月くらいで。なんでかっていうと、ちょうど部活もあんまりできない時期っていうのもあったし、みんなそうだと思うんですけど、就活が結構佳境な時期だったのもあって。でも主務としてやる仕事も結構常に手元にある感じだったので、そういうことが結構色々重なって、なんかしんどいなって思ってて。私今一人暮らししてるんですけど、なので家族とかも周りにいないので、なんか気軽に相談もできなくて。わざわざ家族に相談しても心配かけるなって思ったり、あとはまぁ、同期に相談したこともあったんですけど、あんまり部活関連の悩みを同期に相談し過ぎても心配かけちゃうなって思ったりもしてたので、他の体育会の友達とかに相談することも多くて。そういうふうにして乗り越えられたんですけど。就活と部活と自粛とみたいなのが重なってた春から夏くらいにかけてが、結構まぁ悩んだ時期ではありましたね。

気持ちが乗った、思い入れのある1枚

気持ちを込めて華麗に滑る蓑輪

―お気に入りの写真を送ってもらいましたが、どうしてこの写真にしたのですか

今は引退の試合に向けて2分間のプログラムを作っているんですけど、その写真の時はまだ1分間のプログラムの時の写真で、結構滑り込んできた期間が長かった、一番長いプログラムだったので、すごい思い入れがあってその曲の時にしたんです。今までも全部なんですけど、そのプログラムを作ってくれているのが主将の小山田で、その小山田がいつも振り付けてくれるものは、私が自分で滑っていてすごい気持ちいなあっていう振り付けだったり、なんだろ、私の長所を生かしてくれるようなものを組み合わせて振りつけをしてくれるっていうことがすごく多くて。全部すごくお気に入りのプログラムなんですけど、その中でも送らせてもらった写真の時の大会が結構自分の中でもうまくいって、気持ち的にもすごく乗って滑れて、結果も良かった、ついてきた大会だったのでその写真にしました。

最後の舞台、感謝の気持ちを伝えたい

―今シーズンのプログラム曲はどんな曲ですか

今シーズンは「愛の夢」っていう、浅田真央さんとかが滑っていた曲でも有名なんですけど、それにしました。理由としては、私は結構今までずっと長い間クラシックバレエをやっていたんですけど、その影響で滑ってみたいなっていう曲が結構あって、逆にありすぎて迷ってたんですよ。「あ、これもやってみたいしあれもやってみたいし…」って感じで決められなかったので、もう同期に「どれがいいと思う?」って聞いて、客観的な意見をもらって(笑)その中でもこの「愛の夢」っていう曲は「佳織っぽいね」っていう、「佳織っぽいし、なんか私はこれで滑ってほしいな」って言ってくれる子もいたので、じゃあそれで滑ってみよう、っていうことで。つい最近出来上がったのでまだまだ滑り込んでる最中なんですけど、そういう経緯でこの曲になりました。

―普段曲選びするときも客観的な意見をもらうんですか

今までは結構自分の意志が多くて、(中略)「これだ!」って思ったら「これで行きます!」っていう感じで、自分の意見を通して振付をしてもらってたんですけど、今回は最後っていうのもあって。自分が納得する終わり方も大事ですけど、やっぱり同期とか他の部員にも見てもらうっていうことを考えると、みんなが見ていてすごい良いなって思ってくれるプログラムにしたいなって思ったので、みんなの意見も取り入れて決めましたね。

―曲にどんな思いを込めましたか

やっぱり一番は、感謝の気持ちとか感謝の想いとかなんですけど、もちろん同期とか部員に対する感謝とかはもちろんのこと、大前提として。私は母親がすごく私のスケートを見に来るのを楽しみにしてくれていて。(中略)もちろん父親とか姉とか家族みんな来てくれることとかあったんですけど、そういう家族に対しても最後だから、せっかくだから1分間じゃなくて2分間、っていうそれなりに見ごたえのあるプログラムにして、最後に今まで頑張ってきたことを見せたいなっていう気持ちが結構私の中で強かったので、そういう家族に対してだったり、今までの先輩とか同期に対する「ありがとうございました」っていう気持ちを込めて滑りたいなって思っています。

―最後の舞台、バレンタインカップはどんな姿で終えたいですか

私は、最後の引退試合で2分のプログラムを滑りたいっていうのを1年生の時からずっと思ってて。(中略)今年の10月、11月あたりが多分今までのスケート生活のなかで一番頑張ったかなってくらい頑張って、(中略)今まで練習を頑張ったことをその場所で披露したいなっていう気持ちもある。あとは、私は大学はじめでほんとに何もわからない状態から始めたので、今もですけど同期とか先輩とかに手取り足取り教えてもらっていたことがすごく多くて。いつも教えてもらってばっかりで。結構指導することって簡単なことじゃないって思うんですね。なんか、スケートとかは特に感覚的なもの、部分があるので、すごく簡単なことじゃないなって思うんですけど、本当に懲りずに教えてくれて。何かできた時は一緒になって喜んでくれて。(中略)そういうの全部ひっくるめて感謝の気持ちを込めるっていうことと、あとは自分自身が楽しんで悔いなく終わっている姿を見せることが、今までお世話になった方への感謝につながると思うので、自分のためにも周りの人のためにも全力で、今までのこと振り返りながら楽しんで終われたらいいなって思ってます。

スケートは「自分自身をさらけ出せる場所」

ポーズを決める蓑輪

―蓑輪さんにとってスケートとは何か教えてください

スケートとは、なんだろうな。でも、自分自身をさらけ出せる場所とかツールではあったかなって思います。やっぱりスケートっていろんな表現をすると思うんですけど、言葉を使えない分自分の体の動きだったりすべてを総動員させて表現するものだと思うんですね。その分、頭の中で思ってることだったり、今までの経験とか全部反映させられるものだと思うので、そういう自分の身体っていう媒体?メディア?を通じて自分自身をさらけ出せるものでもあったと思います。もう一つさらけ出せるって言ったら立教大学のスケート部、団体にいるときは自分自身をさらけ出すことができたっていうか。自分の素で居られる場所だったので、そういう面とスケートを通して表現をするっていう二つの意味で自分自身をさらけ出せるものであったかなって思います。

―蓑輪さんにとって大学生活におけるスケート部の存在は大きかったですか

そうですね。本当にスケート部無しでは語れないってくらいほぼスケート部で構成されていて。(中略)大学生活では本当にスケート部が中心に回っていたので、本当にほぼほぼスケート部の記憶しかないです(笑)

―最後に、後輩に向けてメッセージをお願いします

4年生になると、どの場面でも表に立ったりとか、何かあった時は後輩のことを守ったりとかできると思うんですけど、私たちがいなくなったら助けることができないので、今までも今も結構注意したりとか、結構きついこと言ったりとかをしていて。心が痛む部分があるんですけど、先輩が言ってくれることのありがたみっていうのを、恥ずかしながら4年生になってやっとわかったんですね。だから、そういうなんか4年生になっていろいろやるべきことが増えた時に、4年生になって急にできるようになるわけではないと思うので、今までの1年生から3年生の積み重ねがあってやっと4年生になって他に色々大変なことがあっても対処できる力が身につくと思う。今からいろんなきついことも楽しいことも含めていろんな経験をしてほしいなっていうのと、あと競技に関しては本当に悔いなく頑張ってくれたらいいなっていう風に思ってます。

(1月24日 取材・編集 冨田夏希)

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