【スケート部スピード部門】[記者コラム]日本屈指の学生スケーター・松山雛子。“文”を極めて“武”を制す彼女の3年目の挑戦。

「それは今までで一番うれしいことでした」。今年3月に行われたユニバーシアード冬季競技大会への出場により世界大会へのデビューを果たした松山雛子(社3)。女子3000㍍リレーでは銀メダルを獲得するなど満足の行く昨シーズンを過ごした。今シーズンは日本スケート連盟の定めるナショナル強化選手Aにも選出され、日本の上位選手としての実力を確固たるものにしている。そんな彼女はトップアスリートでありながら、努力家な大学生としての一面も。松山雛子は、どんなときでも魅力的だ。

銀メダルと公式マスコットキャラクターを手に笑顔の松山(左から2番目)とユニバーシアード日本代表選手たち

文を極めて

リンクを離れた松山は、強く、朗らかで、勤勉である。

取材に行く度に、彼女に必ず尋ねることがある。「最近は勉強の方はどうですか」――。そして必ず「時間をうまくやりながらやっています」と、サラリと笑顔で返してくれる。毎回このような返答がくることはわかっているが、それでもなぜか尋ねたくなる。毎回みせる朗らかな表情の裏には、努力を惜しまない彼女の強さが隠れているのだ。

ショートトラック競技の第一線で活躍するということは、練習をとりまく時間の拘束が多いことを意味する。たとえばナショナル代表合宿。長野の帝産アイススケートリンクをはじめとする活動拠点には宿泊施設が隣接しているため、長期間の滞在が可能となる。また、練習環境を求めて国内はもちろん国外(韓国やカナダなど様々)に飛び回ることもこの世界では“よくあること”。シーズンオン・オフ関係なく多忙を極めるトップスケーターであるのにもかかわらず、彼女はいまだに大学の単位を落としたことがない。それどころか通常授業に加えて、社会科の教職課程も履修している。この事実を初めて聞いた時の衝撃が、ずっとクセになって私を離さない。

「競技活動だけでなく勉学にもしっかり励みたい」。松山が立大に入学する決め手はこれだった。自分の興味関心に合わせて社会学部現代文化学科を選択するなど、勉強に対するこだわりははじめからずっと強かった。通学が困難な遠征中は、友人に授業の録音を送ってもらい自学自習。競技に活用できそうだと感じた授業には、栄養学であろうと太極拳であろうと自ら飛び込んでいった。そのなかでも普段の食生活を通して特に気にかけている栄養学に関しては、アスリートフードマイスターの資格を取得。それも特待生合格だった。忙しいことなど取るには足らず、予習復習は授業からリンクへ向かう移動時間や練習終了後から就寝時間までの間に。時間を惜しまぬ勤勉さは、いつでも彼女の進化を支えている。

昨年の全日本距離別選手権では、女子1500㍍で自身最高位である5位入賞を果たした

武を制す

氷上を滑走する松山は、強く、穏やかで、美しい。

彼女の滑りを形容すると、「ゆとりのある美しさ」がふさわしいように私は思う。12歳でショートトラックをはじめた彼女だが、その1年前には習い事としてフィギュアスケートに熱中していた。上達に時間はかからず、わずか1年もたたないうちに教室で一番上の級に到達するなど、その道でもセンスは抜群だったという。だからこそ、ショートトラック選手として活躍する今でも競り合うような緊迫した場面で荒々しさというものを一切感じさせない。速さを忘れさせるほどのゆとりのある美しさで、私たちを魅了している。

ショートトラック競技とは、とりわけ激しいスポーツである。接触によるクラッシュは頻発し、滑走の時速は約50㌔。たった数分のうちに勝負が決まる氷の上を勝ち抜いていくためには、瞬時の判断力が絶対的な必須条件である。それゆえ、試合前から終了まで松山の頭はフル回転。まず出場メンバー、距離、氷のやわらかさ…その時その時の状況を多角的に判断し、目標とするプレーを思い描く。そしてスタートの合図が響くと一気に加速していく。先頭に飛び出すタイミングをコンマ単位で見計らい、同時に残りのスタミナとも相談。技術や体力があるだけでは勝ち抜けない。他の選手とのレースでの駆け引きを制したうえ勝利を掴める競技だからこそ、「上手くレース運びができ勝てた時や目標を達成できた時が楽しいです」と松山は語る。

合宿漬けの日々を過ごした。今年のナショナルチームは、年間300日の合宿の実施が指導方針に掲げられている。5月の石垣島ではリンクを使わず島一周のロードバイクでの体力トレーニングが行われた。新潟に場所を移しては氷上と陸上練習を合わせて、体力強化に重点が置かれたメニューに着手。合宿に帯同する様々なコーチからの助言、毎回の練習後のトレーナーからの分析を含めたフィジカルケア。厳しくも充実した環境の下、最高のライバルたちとの最高の練習に取り組んだ。「だからこそ結果を出さなければならない」。成長していく過程で、そんな使命感も感じるようになっていた。

ユニバーシアードの開会式は、オリンピックさながらのクオリティで選手たちを盛大に歓迎した

3年目の挑戦

「今年はワールドカップ出場を目指します」。大学生活も折り返しの年を迎えた松山がさらなる高みを目指すきっかけとなったのは、3月にロシアで行われたユニバーシアード冬季競技大会だった。開会式はオリンピックさながらのパレード。選手村では他競技の外国人選手と英語を使っての交流。大舞台の氷上では他の選手に比べて「全体的に」欠けている部分があることに気づかされるなど、ずっと目標にしていた「学生のオリンピック」への出場は今までの人生で一番心に残る経験となった。そして学生最高峰の大会を経験した彼女は、“憧れ”であった「ワールドカップ出場」を実現すべき“目標”に設定したのだった。
10月12日から行われる全日本距離別で、いよいよ今シーズンの幕が上がる。ワールドカップ第1~4戦の派遣可能人数は男女ともわずか6人。実業団や学生など所属を問わず日本各地から集められたトップ選手のみが参加できる大会で、早速世界をかけた挑戦が始まる。今改めて、ユニバーシアードが決まった時の彼女のあふれんばかりの笑顔を思い出す。ワールドカップを決めるときには、一体どんな表情を見せてくれるのだろうか。計り知れない期待を胸に。ペンとノートをリュックに詰め込み、私はまた今年も松山雛子の活躍を追いかけ続ける。

(10月11日・𠮷岡麻綾)

関連記事一覧